目的を持たない生き方もいい

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目的を持って、それを達成するような生き方をよしとする社会の流れがありますが、ムリに目的を持っても、それでは意味がありません。

また、目的を次から次へと持つ生き方は、それを達成することに快感を覚えがちですが、必ずしもいつも達成できるわけではありません。

達成できないことへのストレスや、不安で心が押しつぶされてしまった方はたくさんいるんですね。


僕は、目的を持って行動することは立派だと思います。

ですが、それが合わない人もいます。


僕もそうなのですが、目的を明確にして行動することを日頃から意識しているわけではありません。

目的を持ってしまうがゆえに、自分の行動範囲が狭くなる、という欠点もあります。


本当は様々な可能性がある自分の人生なのに、自らそれを放棄するような生き方を選択してしまうことになります。


将来やりたいことなんて、別に今見つける必要はなくて、今与えられた仕事で稼ぎ、愛する者のために働いて得たお金を使い、喜ばせること。

それで、十分幸せな人生を送ることはできます。


人は1人では幸せにはなれません。


喜びや楽しみ、または悲しみを共有できる相手がいると、自分のことを分かってくれるという気持ちが生まれて、生きている、という実感を持つことができます。


なので、人生に目的があるとするのなら、僕は自分の喜びや楽しみや、悲しみを共有できる相手と出逢うことじゃないかと思います。


歴史を見れば分かるように、昔の人々が1番楽しかったことが恋愛なんです。

平安時代の短歌にも恋愛について歌ったものは多く、それだけ多くの人々が関心を持っていたという証拠なんです。


ということは、楽しくなるヒントは、まさに恋愛に有り!

と、昔の僕らのご先祖様が語り掛けているようです。


恋愛は、相手がいることなので、成立することはある意味で奇跡に近いモノがありますが、自分が心から好きだと言える相手を1人でも見つけることができたなら、とても充実した毎日を送ることができるでしょう。

巷では、友の定義や、恋人の定義に関して議論されることもあるようですが、僕の意見はただ1つです。

この人のためだったら死んでもいいか?

エスと堂々と答えることができれば、それは自分にとってかけがえのない大切な相手だということなんです。


インターネットで、友達の数を増やしている場合じゃないんです。

数だけ集めても、いざ自分が困った時、一体どれだけの人が自分を助けてくれるのか?

1000人いようが、10000人いようが、1人もいない、というのは悲しいですよね?

そんな関係を築くために、増やし続ける行為が、どれだけ時間の無駄であり、愚かなことであるのかは、少し冷静になれば分かることです。


ということで、話はまとまりませんが、目的を持って行動することだけがすべてじゃないってことです。

好みのタイプの人じゃなくても、実際には好きになった人が好き、という真理があります。


これは、あらかじめ目的を明確にしない方が、多くのチャンスを掴むことができるということでもあります。


目的を持つことが大切なのじゃなくて、誰かのために毎日一生懸命何か自分にできることはないか考えている人になることが大切なのかな、と思う今日この頃です。


今日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました(*'ω'*)