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価値観の相違という言い訳

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離婚する要因の1つに「価値観の相違」というのがあるんです。

初めてこの言葉に出会った時、正直僕の頭は?でいっぱいになりました。

 


「価値観の相違」ってなんなんだ!と(笑)

もっともらしい理由を並べ立てる大人が、僕は苦手でした。


「難しい専門用語を多用する知識人アレルギー」を持っているんです。


だから、説明書は苦手です。


というのは、どうでもいいのです。

 


価値観の相違を分かりやすく相手に伝えると、どうなるのか?

シンプルです。

 


相手のことが嫌いになった

 

これを、大人たちは価値観の相違と呼ぶのです。

 

僕の勝手な主観的な解釈ですが、そう思っているんです。

 


相手のことが好きな時というのは、すべてがよく見えるものです

ですが、少し考えてみたら、完璧な人はいないことに気づきます。

 


今まで見えなかったものが見えることによって、見たくないものを見てしまう。

知らなければよかったと思うこともある。

 


結婚は、幸せになるためにするものだと多くの人は思っているようですが、幸せに条件をつけた時点で、もう幸せではないんです。

 

 

こうすれば、幸せになれる。

ああすれば、幸せになれる。

 

それらはすべて幻想であり、一時的な麻薬のようなものです。

 


幸せに形は存在しないので、見えることも触れることもできません。

ただ、感じることはできる。

 


自分の感性を磨くと、感じる感度が高くなります。

極端な話、道端に咲くタンポポにすら感動できるんです。


達人になると、朝目が覚めるだけで感動できるんですね。

 

 


ここまでいけば、もう人間界には不要なんじゃないかと個人的には思うのですが(笑)


気分に波があるのが、ほとんどの人間

 

自分で自分の機嫌をとれる人を、「教養ある人」と言うんですね

 


いつ会っても、機嫌が良くて、また会いたくなる魅力を持っている人は、存在自体が神さまです。

 

本来、僕たちはみんな神さまの分け御霊というのをいただいていきています。


それを忘れているだけ。